day6. 荷物について

朝8時、朝食。こうも毎日同じことを繰り返していると、ほとんど無意識のうちにパンを取り、ハムやチーズを取り、ジュースを注ぐことも、エスプレッソをつくり、熱い牛乳を注ぐこともできる。楽しい。
明日はもう帰国の日なので、実質的には今日が最終日。数万円という高額なチケットを土壇場で入手したサッカー観戦班と、鉄道で郊外のモンセラットまで行く小旅行班に分かれ行動することになった。スペインに来て、街に見向きもせずに、毎日スタジアムに通っているのだから、その熱意といったら他人が口を挟む余地はない。凄すぎる。
タコも食べたいが、イカも食べたい。ビールも飲みたいが、コルタドも飲みたい。サッカーも観たいが、建築も見たい。そんな小旅行班だ。

地下鉄エスパーニャ駅でカタルーニャ鉄道に乗りかえ。切符の自動販売機で、コロニア・グエル駅まで大人片道1枚を買う。ちゃんと英語表示もあるし、クレジットカードで買うこともできる。1回英語で買うところを観察したら、みんなスペイン語表示のまま買うことができた。
目的地には、Rの記号がつく快速は停まらないので、Sの記号の各駅停車に乗る。車両は乗り心地もよく、非常に快適だ。バルセロナは高層の建物が密集する都心だったので、次々と変わっていく風景、広がる草原が新鮮だ。やはり外国の鉄道の旅は何ものにも変えがたい。

コロニア・グエル駅で下車。歩道に描かれた足跡をたどっていけば、観光案内所に着くという親切な誘導だった。ここは、グエル公園でも触れたあのグエル氏が、工場と従業員のための街を作ろうとして、ガウディにそこの教会堂の設計を依頼したが、ガウディは設計に10年もかけ、挙げ句サグラダファミリアに行ってしまい、未完のまま建設が中断したという、またもや微妙な感じのするところだ。

ガイドブックにも載っていない、自然の中にある本当に小さな街だが、それが非常によかった。あれやこれや見るところがある観光地もいいが、植物に目をやりながら、のんびり散歩して気持ちがよいところというのもまたいい。イギリスの湖水地方を歩いたときもこんな感覚だった気がする。

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コロニア・グエルを歩く4人

観光案内所で教会堂に入るためのチケットを購入して、いよいよ教会堂へ。ちょうど開館したばかりで人もまばらだった。教会というには、土台の部分だけで建設が終わっているので、あまりに小さく、あまりに背が低く、不思議な感じだ。しかし中に入ると、意外にも教会として違和感はない。教会といえば天井が高いという先入観が邪魔しているのだろう。この天井の低さは逆によいと思った。シンプルで美しいステンドグラス。石の積み方も、柱の形も見事。
近年出来たという屋上は、作りかけのものに無理やりフタをした感じでちょっと無理があった。しかし、こんな言い方もなんだが、途中でやめちゃったガウディも悪い。

教会堂を後にし、ガウディの散歩道と名づけられた小道をゆっくり歩く。ちょうど草花が咲いていて、天気もよく、黒い猫が背の低い建物の屋根に寝ていたりして、いいところだった。

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散歩道に咲く花

駅に戻る。コロニア・グエル駅は無人駅なので、自動販売機で切符を買う。Monistrol de Montserrat駅までの切符と、そこからの登山列車がセットになった切符「tren + cremallera」を買って列車に乗る。ヨシオカ氏は、体調悪化でここから一人、バルセロナに引き返すことに。非常に残念。

さて、モンセラットに行くには途中でR5線に乗り換えなくちゃいけないのだが、Sant Andreu de la Barca駅は半地下の駅で、R5の列車を待つにはあまりに寒かった。寒すぎて、踏み台昇降を始めそうな勢いだった。どうせならいくらか日のあたる地上駅で待ちたい。そこで次に来た列車で、Martorell-Enllac駅まで行くことにした。
車内改札に来た車掌が、乗り換えについてジェスチャーで教えてくれる。親切だ。日本でもそうだが、ヨーロッパの地方の列車は、途中で連結したり、切り離されたりがよくある。「プラハに行きたい」と思っていても、わずか1回のミスで行けなくなってしまうような事件が簡単に起こってしまうので注意が必要だ。
目的の駅に着き、列車を降りて、駅のホームでのんびり待つ。地上駅なのでそんなに寒くはない。

やがてやってきたR5の列車に乗ってMonistrol de Montserrat駅で降りる。すぐ横に登山列車が停車していて乗り換えも簡単だった。登山列車は予想に反し、恐ろしい勢いで急傾斜をどんどんのぼっていく。乗る時は進行方向左側に乗ると景色が楽しめてよい。が、ちょっと高すぎて、しかもすぐ横が絶壁だったりして怖い。

モンセラットに到着。それにしても奇岩だらけの山だ。長い年月をかけて風雨に削られてきた岩。1000年以上も昔の人が、何か神聖な雰囲気を感じ、この山自体を信仰の対象としたのもなるほどと思う。その山の中腹に修道院がある。修道院どころかカフェテリアもあり、ちょっとした街のよう。
到着早々まず昼食となった。好きなものをとって、最後に清算する方式。はて、何かの記憶が蘇る。そう、ロサンゼルスのフィゲロアホテルの朝食だ。朝から毎日取りすぎたあの。

フランスパンにチーズなどをはさんだサンドイッチ、小さなボトルの赤ワイン、焼いたトマトとナスのプレートなど、こんな神聖な場所で食いすぎだ。さらにこの地方のデザート、クレマ・カタラナ(crema catalana)も取った。表面を焦がしたシンプルなカスタードデザート。クレーム・ブリュレの原型らしい。これがうまかった。日本にいるときは絶対食べないと思う甘さ。

かなりゆっくりと昼食をとったあと、外に出る。空はきれいに晴れているのに、標高700メートルのこの場所は少し寒いくらいだ。空が青い。
奥の巨大な大聖堂におそるおそる入る。冷え切っている。張り詰めた空間。天井が高い。壁はグレーで、赤とオレンジの光の使い方がとても印象的。正面の入り口とは別に、右側にも別の入り口があり、そこから建物の一番奥の部分まで入っていくことができる。このうえなく荘厳な雰囲気が漂う。

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願いがこめられた、色とりどりのキャンドル

帰りはロープウェイで下山しようということになった。新しく登山電車が開通したせいで、ロープウェイの人気がなくなったのか、乗り場は閑散としていて、係員の対応もびっくりするくらい悪い。しかもいきなり発車し、びっくりするくらい速く、びっくりするくらい高いところを降りていくのだ。割れたのか、わざとなのか、ゴンドラには窓がない部分がある。怖すぎだ。最大の疑問は、なぜ旅行中に二度も、しかもお金を払ってまで、恐怖体験をしなくてはならないのかということだ。

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恐怖のモンセラット・ロープウェイ

ロープウェイを降りたらそこがカタルーニャ鉄道の駅、Montserrat-Aeriだ。でも無人駅なのでどうやって切符を買っていいかわからない。切符を持たずに乗るわけにはいかない。罰金が待っている。と思ったら、ロープウェイ乗り場の窓口で鉄道の切符も買えるということだった。モンセラットの山をぼーっと見ながら、準急列車の到着を待つ。僕の場合、案外こういう何気ない時間が、あとになって旅行の想い出として蘇ることが多い。

外の景色をみながら、うとうとしつつ1時間。エスパーニャ駅まで戻ってきた。リセウ駅周辺は、本日のバルセロナの対戦相手、チェルシーのサポーター集団が、歌を歌いながら街を歩いたりしていて、ちょっと怖い感じもした。
体調不良で先に戻っていたヨシオカ氏と合流。おみやげでも買うかということで、ディアゴナル駅周辺の雑貨屋に向かう。みんな現金が少なくなったということで、まずATMへ。La Caixaとかいう銀行に入り、それぞれのATMの操作に付き添って、クレジットカードからキャッシングする手順をそれぞれに解説。手数料はかかるが、手軽で速い。

雑貨屋1軒目は、MDM。コーヒー好きの僕とオカケン氏は、コルタド用のカップを。バルセロナ土産といったらこれしかないでしょう、と勢いで購入。これで日本でもコルタドが飲めるかどうかは微妙だ。少なくとも、家で飲むときに砂糖1袋は入れすぎだ。

2軒目は、カサ・ミラのすぐ横のビンソン(Vincon)。ここは文具、キッチン用品、インテリア雑貨など幅広く扱っていて、店内の感じもよく、実に楽しい。1時間とか平気で見てまわれる。KLMのロゴ入りのかばんをヨシオカ氏が購入する。帰りのKLMの飛行機で、乗務員に話しかけられたとか。キヤ氏は、ついに世界最高の塩入れを発見したと興奮していた。僕は黒いトイレットペーパーで迷った。おみやげとしては面白いけれど、異常にかさばるのでやめた。

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グラシア通りの夕暮れ

ホテルに戻る。すると、フロントに見慣れたものがあった。僕の荷物だ。おまえあした帰るんだよな、とフロントのおやじに言われる。まったくその通りだ。

さて、サッカー観戦班がスタジアムで見ているまさにその試合を、ホテルのロビーのテレビで見ることにした。ホテルの従業員も、ソファーを全てテレビのほうに向け、仕事そっちのけで見るような試合だ。ビールを頼んで飲みつつ、観戦。ロナウジーニョは天才すぎる。3人をドリブルでかわし、突破したのだ。ため息がでる。試合はそのまま1-0で終わりそうだったが、最後の最後で我がブロンクホルストがファールし、PKで1-1に。でも、その直前のチェルシーのプレイには疑問が残る。

近くのイタリア料理店で夕食。店主と思われるおばちゃんは、ほとんど英語しゃべれないけど、辞書までひっぱりだしてきて、メニューを必死に説明してくれた。スープ、サラダ、イカスミが練りこまれたスパゲッティなど非常にうまかった。しかも全然高くない。あまりの素晴らしいサービスに感動し、チップとして5ユーロも渡す。

部屋に荷物を運び込み開けてみる。着替え、歯ブラシ、かみそり、傘なんかが入っていた。旅行行くときに普通持っていくようなものばかりだ。けれども、僕はそれを使わずに過ごすことができた。ちょっと余計なことに時間がかかったり、不便だったりしただけだ。パスポートとクレジットカードさえあれば旅行はできてしまう。
とはいえ、毎日きれいにしていたいし、雨のときは傘もさしたい。荷物があるのは、旅行先でも普段の生活をイメージするからだ。でも、旅行先では所詮外国人。普段の自分じゃなくて、旅行者としての自分を楽しむこともできる。

そんなことを考えながら、倒れるように眠った。
やはりパジャマを着て寝ると暖かい。つまりそれだけのことなのかもしれない。

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