day1. 暖衣飽食の世界

まずファーストクラスとは何かおさらいしておこう。客船に1等と2等、新幹線に普通車とグリーン車があるように、国際線には3つのクラスがある。時期にもよるが、ANAを利用したロサンゼルス往復の正規割引料金では、一番安いエコノミークラスは7万円で、乗客は詰め込まれる。次がビジネスクラス。36万円もするが、席がゆったりとしていてサービスもよい。ファーストクラスは往復なんと104万円だ。

ファーストクラスのチェックインは、Vカウンターで行われる。BやCカウンターではないのでちょっと探してしまった。すると、成田空港に来るタクシーやバスが横付けする、まさにあの場所にあったのだ。エコノミーや、ビジネス一般客とすれ違いもせずに、チェックインできてしまう。なんて恐ろしい世界だ。

ファーストクラス乗客専用のラウンジにヨシオカ氏と入る。彼は朝からの移動で腹減り限界で、サンドイッチなど食していた。もちろん無料だ。

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ラウンジで緊張しつつ、くつろいだフリをするヨシオカ氏

ラウンジのVIPらしき人物に、ANAの職員が次々とあいさつに来る。年に何回も往復104万円の移動をするのだから、もう電車に乗るような感覚なのかもしれない。
搭乗時刻になり、VIPは地上係員が搭乗口までお見送り。ヨシオカ氏と別れる。機内でも、カーテン2枚をくぐって向こうまで行けばヨシオカ氏と雑談できるが、それは難しい雰囲気だ。

ファーストクラスの席は2Aになった。横に2-2-2の座席で、2列。全部で12席あるが、ほぼ満席だった。仮に12人がそれぞれ104万払って乗っているとすると、それだけで1248万だ。160人のエコノミー客が7万ずつ払って乗ってもこれに及ばない。ああ。
座席の前の空間は窓3つ分だ。広すぎる。前の座席が霞んでみえる。乗客は各自が各自のペースで食事したり、映画みたり、寝たり起きたりすることが許される。しかしその度に隣の乗客としてはその様子が気になるわけで、むしろみんな一斉に食事がはじまるエコノミーのほうが美しいかもしれない。

離陸後しばらくするとメニューが渡される。食事のメニューとワインリストは別だ。チキンかビーフの選択肢しかないエコノミーからは想像もできない。ファーストクラスのメニューは、一応和食と洋食という区切りはあるものの、どれとどれを組み合わせてもよい。好きなものを好きなだけ食べればいいのだ。さらにうどんやらお粥やら、おでん、カレーなんかもいつでも頼める。チョコレート、チーズまであわせるといったいどれだけ積んであるのかと不思議になる。
しかし何より感動したのは、名前で呼んでもらえることだ。「sh様、お飲み物はいかがいたしましょうか」というわけだ。この瞬間、他のクラスの乗客と決定的に違うことを思い知らされた。エコノミークラスの乗客が荷物のような扱いであると確信した。

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洋食の前菜は5品から選べる

これはやっかいなことになったと思いながら、これから海外の航空会社のファーストクラスに乗ることが思いやられた。日本語ですでに意味不明だ。
シャンパンが飲みたいと思った。すぐにおつまみが小さな陶器で出される。

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食事の前に

続いて次の小さな器も登場し、シャンパンを20分くらい楽しんだか。やがてオーダーを取りにきてくれたので、「はじめてファーストクラスに乗るので、いろいろ教えてほしい」と正直に言うと、丁寧にメニューの外来語について解説してくれた。たとえば、アスパラガスのクーリとは、裏ごししてピュレ状にしたものということだ。このクラスの人には一般的な言葉なのか?そして、シャンパンにキャビアはいかがでしょうと勧められたので、頼んでみる。

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オシエトラキャビア トラディショナルガーニッシュを添えて

テーブルクロスが敷かれ、ナイフとフォークが並び、あら塩、コショウ、バターがならぶ。パンは3、4種類から選んで取る。水はスティルですか、スパークリングですかと聞かれる。そしてキャビアが出てきた。サワークリーム、玉ねぎ、ゆで玉子の黄身なんかとパンが出される。どうやって食べんすかこれ!
と思っていたら、また説明してくれた。ははは、この子はキャビアも食べたことないのかいと思ったか。

メインが肉だったので、なんとなく赤ワインを頼む。薦めてもらった赤ワインをテイスティングなんかしてみたりして、おおこれをお願いいたす、と。儀式だ。
デザートを頼む頃には、ほろ酔い度も最高潮に達しており、CA(キャビンアテンダント)さんにおいても、ざっくばらんに話してくれるようになっていた。ファーストクラスを担当している人は聞き方話し方が自然だし、うまいのだ。単純なのですぐ乗せられてしまう。デザートには「温製フルーツグラタン」はどうですか、ハーブティ好きでしょう。黒ゴマロールケーキも一口どうですか。すっかりやられてしまったのだ。食後のANAオリジナルのハーブティ風の緑茶が最高にうまかった。

映画を見ようとしたが、なぜか僕の席のやつは壊れていて、CAさんにそれを言うと、めちゃくちゃ謝られて恐縮する。ただで乗せてもらってるし、本もあるし、全然気にしないでくださいとこっちも必死になる。地上では明確にVIPと扱いが区別されていたが、機内では少なくともANAでは全く同じ扱いだった。もちろん僕のように特典航空券で乗っていても。

深夜特急をちょっと読んで、シートを倒して寝る。シートはすべて電動で、ボタン1つでフルフラットになる。ふわふわの大きな枕と羽毛ふとん。ここがビジネスクラスとの決定的な差なのだ。しかし、フルフラットとはいえ、これは椅子だ。腰のあたりとふくらはぎに強い圧迫感を感じる。一見平らなようで、圧力分布的には均等ではない。つまりとても寝れたものではないのだ。
ファーストクラス104万円の価値とは、食事の差や座席の機能というよりは、「最上級である」という意識を持てることに価値があるのではないかと思ったのだ。

12人分のわがままのための十分な食料と飲み物を搭載し、その大半を到着と同時に捨ててしまうことが気になって、ほろ酔い気分で目を閉じたとき、なぜか寂しい感じがした。

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