その仲間たち

ドイツから16時間、ついに帰国したその金曜日、福岡に行くことになっていた。翌日、後輩のナカムラ氏の結婚式があるのだ。ドイツで思わぬ足止めを食らってしまったため、予定が狂ってしまった。
成田エクスプレスに飛び乗り、東京駅へ。そのままタクシーで自宅に戻る。普段ならバスで帰るところだが、この日福岡に着いたら、友人のモッチーさんとイッチーさんとメシでもという話になっていたので、なるべく早く福岡に着きたかったのだ。
スーツ一式を持ち、そのまま晴海通りでタクシーを拾い羽田空港へ。羽田に着いて聞いてみると、その日の福岡便は最終便まで満席続きで、予約より早い便のキャンセル待ちをすることにした。

ANA国内線のキャンセル待ちは明快だ。まず空席待ち整理券というのをもらう。ここに書いてある記号と数字が、自分の呼び出し番号になっている。何時にどこのカウンターに行って待てばいいのかも、この券に書いてある。このため、キャンセル待ちの人が状況を聞くためにカウンターの係員を取り囲むという、フランクフルトのようなことは起こらない。もちろん、フランクフルトと羽田では、そもそも国際線と国内線という時点で条件が違いすぎるので、単純に比較はできないが素晴らしいシステムだ。

でも結局、空席は2、3席しか出なくて、最後の便に乗ることになってしまった。これを連絡してモッチーに伝えようとするが失敗。連絡がとれないまま福岡に着いてしまう。ああ。また今度ということで。
もう十分遅い時間だったので、1人でカフェ・ソネスに行く。福岡に帰ったら必ず立ち寄るようにしている。ソネスには、ユウキさんがいつものようにカウンターに立っていた。ああ、帰ってきたという感じだ。ユウキさんと話しながら、特製のカレーと、ビールをいただく。来るたびに「お久しぶりです」とあいさつしている気がする。
その後、ジントニックを飲みながら、カウンターで偶然一緒になった人としばし話す。毎回偶然会う人たちがいろいろで、話しているだけで楽しい。東京でもこういう場所が見つけられればいいのだが、東京はそれにしても人が多すぎる。

翌朝、教会へ向かう。すると、そこには懐かしい顔がずらり。大学でサークルをやってたころの後輩たちが勢ぞろいしていた。

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やりましたな!ナカムラ氏!

結婚式と披露宴も、ちゃんとしていて、それでいてどこか手作り感があって、とってもいい雰囲気だった。ナカムラ氏は、サークルの後輩で、会社をいっしょに立ち上げた仲間でもあり、ゲームを作ったときのメインプログラマーだ。僕が勢いに乗っているときも、だらしないときも、全部見てきている数少ない人だ。その後、彼はそのままゲーム業界に残り、僕はウェブ業界に移った。最近どんなことを考えているのか知りたかったが、それはまた今度ということで。

後輩たちは、東京、大阪など全国に散らばっていて、こんな機会でもないとなかなか会わなくなってしまった。でもみんな相変わらずで、会って数分で打ち解けるあたり、ああそういえば昔はこうだったと思い出した。

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みんなネクタイなんかして、どうしたんだろう

大学生のとき、当時コンピューター系のサークルがなく、僕が大学公認サークルを立ち上げて活動をしていた。顧問の助教授は、立ち上がったばかりの僕らにコンピューターと部室まで与えてくれた。24時間ずっとコンピューターと向き合う環境ができたのだ。最初は「shと愉快な仲間たち」だったが、気づいたら40人とかになっていた。あのサークルがなかったら、この仲間たちとは出会ってもいないだろう。
現在、同級生や後輩のうち、かなりの人数が現在プログラミングを生業としている。僕が影響を与えてしまったのか、時代のせいなのか、それは今でも分からない。しかし何かしら、ものづくりの快感を大学時代に味わってしまったのは確かだ。
大学時代に何を考え、何を作って過ごすかは、案外その人の人生にダイレクトに影響するのかなと。サークルの顧問だった助教授だけは、そこまできっとそれを知っていて、黙って好き勝手にやらせてくれたに違いない。

と話はそれたが、ナカムラ氏、これからも地味に地道にがんばろうぜ。おめでとう。

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